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ナラティブセラピー 一覧


摂食障害のナラティブセラピー:

「人気ブログ」の夢分析の後、時間が余ったので前回の向こう側の世界の夢分析で出て来た摂食障害についてナラティブセラピーを行う。

※たびたび「差別的・不快な表現」が出てきますが、セラピーの雰囲気を残すために、あえてそのままの形で掲載しています。何卒ご理解のほど、切にお願い致します。

最初のナラティブ:

主人公は中学生の男子。かなり痩せていて、おまけにアトピー持ち。ニックネームはマッシュルーム君。 なぜ「マッシュルーム君」かって? 髪型がマッシュルームカットだからさ。実はこのマッシュルームカットが、今回のいじめの発端なんだけどね…

両親の板挟みに苦しむマッシュルーム君

その前にちょっと、マッシュルーム君の家族の話をさせてくれ。
マッシュルーム君の母親ってのは、息子のマッシュルーム君をそりゃはもう溺愛してて、おまけに「自分の思い通りにならないと気が済まない」ときてる。ありゃ、まるでペットだねw
対して、父親は昔気質の堅物。「男子足るもの、丸坊主で外見など気にしない」が信条。当然、母親の言いなりで「女の子女の子」してるマッシュルーム君が気に入らねえ。「女の腐った奴」と罵ることで溜飲を下げる。なんか肝っ玉小さいね、このオヤジも。

両親がこんな調子だから、間に立ったマッシュルーム君は右往左往。毎日、両親の顔色を伺いながらのビクビク暮らしさ。地獄だね、まったく。
オレはゴメンだね。ヘドが出るよ、こんな生活。とっとと、おさらばさ。

マッシュルームカット、女子に大ウケ♪

で、マッシュルームカットの話だ。
ある時、彼がイメチェンしてマッシュルームカット(当然、母親の自信作。溺愛する息子の髪を切るなんて至福なひと時だろうよ、きっと。ウエッ)にして来たら、これが女子に大ウケ! 「きゃー、触らせて~♪」てなもんよ。

マッシュルームカットでいじめ

ところが面白くねえのが男子。
ある日、給食にマッシュポテトが出て来た時のことだ。ここぞとばかりに男子、「おい、マッシュルーム! お前と同じでこんなもの不味くて食えねーぞ。」とマッシュルームカットめがけてポテトを投げつける。
続けて「お前もマッシュポテトにしてやる。」と容赦なくマッシュルーム君の頭を踏みつける(すげぇ、こいつら、マジでマウリシオ・ショーグン入ってるよw)。
「トマト味」のマッシュポテトって、どーよ? この意味分かるだろ?
この日から給食時間には、毎日『生贄の儀式』が執り行われることとなった。摂食障害となるのに時間はかからなかった…

こうして学校も地獄と化したのさ。何しろ、あの恐ろしい父親が大勢いるようなもんだからな。あれだけ騒いでた女子も今や無視よ。飽きちまったんだろうな、きっと。勝手なもんだよ。

つかの間の幸せ

ところが神様ってのはいるもんだね。小学校からの幼なじみの女子1名だけはマッシュルーム君を見放さなかった。ラブラブなひと時…クゥー。

再び、いじめのターゲットに

でもね、ことはそう上手くは運ばねえのよ。今度はモテねえ女子の反感買っちまった。つくづくツイてないね。呪われてんじゃねえのかw
女子のいじめ、噂には聞いてたけど凄いね。直接には手を下さないんだよ。頭いいね~♪
一通のメールを出したんだよ(もちろん発信者を偽って…ハッキング! 将来有望だよ)。
「前々から思ってたんだけど、そのアトピー、正直キモイんだけど…バイバ~イ♪」

書き換え後のナラティブ:

絶望の淵のマッシュルーム君…彼が出した結論は?

逃避行

貨物船の中…荷物の陰に隠れるマッシュルーム君…そう、彼はすべてから逃げ出したのだ。
船はベーリング海を越えて遥か遠くのカナダへ。(ヒュー:BGM)そこは文明から隔絶されたイヌイットの世界。しかし、それがかえって幸いした。

イヌイットとして生きる

昔から、世界各地の伝統文化では異人歓待の風習がある。なぜなら、そうしないと「災いが起こる」と固く信じられているからだ。
こうしてマッシュルーム君はイヌイットの人々から手厚い歓迎を受け、瞬く間に共同体の一員として受け入れられて行った。狩りの仕方も覚え、言葉も徐々に覚えて行った。部族の長の娘と結婚し子供も生まれた。

新しいニックネーム

しかし、部族の長の娘と結婚したからには、「部族の未来への責任」が生じてくる。
ご多分に漏れず、ここカナダでも少数民族への差別が少なからず存在している。今こそ恩返しをする時が来た…
15年におよぶ政府との根強い交渉の末、マッシュルーム君らは遂にイヌイットの自治権を勝ち取る。満場一致でマッシュルーム君がリーダーに選出される。
イヌイットの人々は、彼に敬意を込めて『小さな巨人』と呼んだ。

ナラティブセラピーを終えて:

書き換え後のナラティブを改めて感じてみる。すると、自信に満ちている自分に気づく。自信に伴い、普段の「面倒臭がり屋さん」が身を沈めている。

ナラティブセラピーを振り返る:

今回のナラティブセラピーはテーマが重たいだけに、出来上がった物語も以前のナラティブセラピーのものに比べて遥かに強力な気がしました。
セラピー後も暫くの間は、力強い感じが「腹」の当たりにズシンと残っていました。

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「摂食障害」に関する書籍リスト

ナラティヴセラピーって何?/アリス・モーガン著

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3月に卒業したドリームカウンセラー養成講座のフォローアップに出席しました。

ナラティブセラピーの有効性:

夢の中に現れた「説明のつかない感情」を扱うのに非常に有効

感情には、長年の積み重ねで複雑化するに至ったものがある。この種の感情は、例えばゲシュタルト療法的にその場で表現してみても容易に消え去ることはなく、繰り返し現れる場合が多い。
このような感情を扱うのに、ナラティブセラピーは非常に有効な手段となる。
またナラティブセラピーは、夢ばかりではなく「日常で生じる感情」に対しても使える。

ナラティブセラピーの手順:

1. 扱う感情を決める。
2. 100人が100人、そのような感情を「抱かざるを得ない」と思われるような物語を作る。これによってクライアントは罪悪感から救われることになる。
3. その場合、心理的抵抗を避けるために、主人公は「架空の第三者」にする。また、できるだけ現実から遠い設定にすると、物語が展開しやすくなる(例えば、同性より異性、日本よりも外国、現在よりも過去の時代、または架空の未来など)。
4. クライマックスに達したら、物語を180度転換する。
5. 出来上がった物語を、1の「感情」や自分の人生と照らし合わせて「気づき」を得る。

コピーライト:江夏心の健康相談室。許可なく複製を禁ず。

ナラティブセラピーの実際:

いよいよ、ナラティブセラピーの実践。私は前回に続いてクライアント役。ただし扱う感情は夢ではなく、あるワークショップに参加した時に感じたものにする。

下準備(感情の決定)

ワークショップで、ある方に対して嫌悪感を抱いた。しかしよくよく考えてみると、その根っこに「私を除いたメンバー全員の一体感」と「それに対する孤立感」があることに気づく。
したがって今回のナラティブセラピーでは孤立感にフォーカスを当てることにした。

最初の物語

孤立感→いじめ
主人公は女子高生。ある日、机の中に汚物が入れられている。周りから「臭い!近寄らないで」と嫌がられる。彼女の周りには、いつしかポッカリと空間ができる…こうして、自分がいじめのターゲットになったことを自覚する。その後は持ち物が捨てられたりと、いじめはエスカレートして行くばかり。
いじめ方は実に巧妙で、一度も現場を押さえられない。見えない敵への恐怖。
ついには唯一の友人も口をきいてくれなくなり完全に孤立…

思いきって担任に相談してみたが「ウチの学校に限って、いじめなどあるはずがないだろ! あまりいい加減なことを言うと退学にするぞ!」と逆に怒鳴られる。両親に無理して入れてもらった学校、今退学になるわけにはいかない。唇を噛み締めて耐えるしかなかった。

思えばウチの学校は、地元では有名な私立の進学校。生徒の大半は資産家の娘。そんな中、彼女だけは優秀な学力と両親の大変な努力で入学したのだ。
彼らの巨額の寄付金でこの学校は成り立っている。教師と言えど、所詮は学校の飼い犬に過ぎない。裏で手が回っているのは明らかだった。もはや学校に味方はいない…

母親に打ち明けてみたところ、「いじめられる方にも原因がある。」と冷たくあしらわれた。確かにそれはそうだが、しかし……母親にとって娘がいじめられるということは「どこかに欠陥がある」ことであり、強いては「自分の育て方に問題がある」ことになる。それが母親には耐え難かったのだ。

とうとう彼女は不登校になり、毎日部屋に篭りっきりになる。食事もろくに摂らず、みるみる痩せ細って行くばかり。
ある時、鏡に写った自分を見て愕然とする。それはあまりに醜い姿だった。とうとう母親が言うような「欠陥だらけ」になってしまった……ふと、死んでしまおうと思った…

物語の書き換え

死のうとしたその瞬間、家族の様子が変化していることに気づく。母親が妙に気を遣い始めたのだ。
どうやら娘のあまりの変化に狼狽してしまったらしい。どこで聞きかじってきたか知らないが、「こういう時は、優しく接した方がいい」と思ったようだ。
寸でのところで死を思いとどまり、初めて母親と打ち解け合う娘。それからというもの、二人はどこへ出かけるのも一緒。その様は大の親友そのもの。

仲の良い二人を、傍から見ていた父親。今まで「子育ては妻の仕事」とばかりに娘には無関心だったが、こうなってみると自分だけ仲間外れにされたようで寂しくて仕方ない。
「俺も仲間に入れてくれよ」とばかりに、今度は父親がいろいろ気を遣い出す。これまたどこで聞きかじってきたのか、まずはお洒落に精を出す。

こうして父親は今や「娘の自慢のパパ」。おまけにお洒落になったことで、なぜか会社での父親の株も急上昇!
リフレッシュ休暇まで取れる身分になったものだから、さっそく家族3人で世界一周旅行に出かけてみたさ。
旅先でのスイスのあまりに美しい風景に魅せられた家族は、ここに永住することを決意。そこで3人は、主人公の昔からの夢だったカフェを始めることに♪

店舗デザインは彼女が担当。もちろん、すべて手作り。開け放たれた窓からは、光と風が心地よく降り注ぐ☆
料理担当はお父さん。どうやら、すっかり料理の楽しさに目覚めてしまったらしい。イッセイ・ミヤケのエプロン似合いすぎ!
スイーツ担当は、甘いものとパンにはひと際目のないお母さん。ちょっと、つまみ食いで全部食べちゃマズイでしょw

こうして家族3人は森の中で、いつまでもいつまでも仲良く暮らしたとさ♪

ナラティブセラピーその後(6/10追加):

ナラティブセラピーを行ってから後も、たびたび孤立感を感じた時のことが思い出される。
こうなると、私にとって「孤立感」には何か大切な意味がある気がしてきました。「孤立感」が自我にとって好ましくないからといって、ナラティブセラピーによって書き換えてしまうのは、唯一の選択肢ではないようです。

最近の不思議な体験と合わせて私個人は、どんどんプロセスワーク的な考えに傾いていっています。
とはいえ、私にとってナラティブセラピーは創造力を喚起してくれるのもまた事実です。

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ボクのアニマはマッチョ、マッチョ」にご質問が。
ちょうど良い機会なので、自分なりに日頃思っていることを改めてまとめてみました。自分自身のためにも…

サイコドラマとの比較:

サイコドラマが、 “グループ” で(主に夢の)シンボルそれぞれを演じるのに対して、ナラティブセラピーは、あくまで “個人” で物語を作っていきます。 両者の共通点は、共に最初のストーリーの書き換え(あるいは展開)を行うことです。

人生脚本との接点:

この “書き換え” が生じる点は『人生脚本』も同じです。 人生脚本では、子供時代に作られ、当時はそれで上手く機能したかも知れないが、現在ではもはや役立たなくなっている脚本(戦略)を、現在の自分に適合するように書き換えることを目的としています。

自我中心の心理療法:

これら三者の心理療法には、 “無意識は自我(意識)の望みどおりに書き換える(操作する)ことができる” という仮定、あるいは少なくともそうした目標が存在するように思えてなりません。
その意味で、西洋で生まれたこれらの心理療法は、心の主役はあくまで “自我” であることが強調された「自我中心の心理療法」と言えます。

ユング心理学、東洋心理学との違い:

これに対してユング心理学や東洋の心理学(宗教)は、無意識について全く異なる立場を取ります。 無意識は、自我意識の操作の対象ではなく、むしろ “あるがままに” 受け入れるものであり、心の主役は “無意識” である点が強調されています。

メタスキル:

このように理屈の上では両者が対立関係にあるようでも、いざ実践となると話は違ってきます。それはセラピスト本人の(セラピーに対する)姿勢、価値観があまりに大きく影響するからです。
例を挙げると、ボクが夢分析を教わっているセラピストの江夏亮氏は、ナラティブセラピーのことを説明する際に、「まずは、善悪の評価を取り払って、 “あるがままに” 受け入れる」とおっしゃいました。
これはナラティブセラピーの考え方ではなく、江夏氏ご本人の考えではないかと思われます(注)。

(憶測ですが)みえさんがコーチングを勉強されている「エグゼクティブ・コーチ」の平本相武氏も、既存のコーチング理論に限界を覚え、自らの工夫の結果、今のかたちに至っているのではないでしょうか? (違ってたらSorry)

(セラピーに対する)姿勢、価値観は『メタスキル』と呼ばれ、(個々の技法以上に)セラピストにとって最も大切な資質です。

注)後日、江夏氏より以下のような詳細なコメントをいただきました。

このような引用があると、自分の何気ない言葉にも、価値観がにじみ出ているのを感じ、驚きます。 さて、セラピストと共にクライエントにも、「あるがままに受け入れる」事の重要性を意識してもらう、という意味で、上記の発言をしています。そうやってストーリーを作ったほうが、実際いろいろなものが拾えて有効だからです。 ナラティブセラピーについて、私は文献等を詳しく調べていないので、このような表現をしている人が他にいるかは知りません。

ナラティブセラピーでは、セラピストの取る態度として、セラピストはクライエントのストーリーに対して「無知」つまり何も知らない、という態度を取るとか、クライエントの価値観に絶対的な敬意を払う、とかいう事は、言われています。
但し、夢に対して、または強迫的な症状、パニック等の不安に対して、その他自分でも説明のつかない認知の歪みや感情に対してナラティブなアプローチを取っている人は、あまりいないと思います。
ただ、これは文献サーベイをして確認している訳ではないので、確かな情報ではありませんが。

ナラティブセラピーは、もともと、家族療法から出てきた手法で、個人の上記の症状に対する手法として出てきたわけではありません。また、対象も子供が主体だったのではないでしょうか。
しかし、類似の手法はトランスパーソナル心理学にもあります。というか、表面的には少し異なりますが本質的には同じ事をしていると思われる手法です。アイラ・プロゴフ(Ira Progoff)のジャーナリングワークショップです(注)。
私は、その手法を随分使っているので、ナラティブと統合して、個人療法に積極的に応用しています。やり方の細かい点では、私の工夫が幾つかあります。

実感としては、私が実践している限り、このナラティブ+ジャーナリングのアプローチは非常に有効で、これから夢と並ぶくらいの自分のオリジナリティーに育てようと思っています。

投稿者注)ジャーナリング:
『書く』というプロセスを通じて自分の内側に入っていく心理療法。ジャーナル・ライティングとも呼ばれます。
そういえば、ボクが行ったナラティブセラピーでも、書きながらプロセスが進行していました。

クリエイティブ・ライティング
ジャーナリングに関する説明があります。

実は相互依存関係:

話がややこしくなるようですが、実は西洋・東洋の心理療法ともに、お互いを必要としている(相互依存関係)一面もあります。
西洋の自我中心の心理療法だけでは、スピリチュアルな領域を扱うことができません。また、東洋の無意識を中心に据えた心理療法を行うには、無意識の圧倒的なパワーを受け止めるための強靭な自我を必要とします。この備えがなければ、無意識に圧倒され、自我が崩壊しかねません!

ボクの夢分析を例にとると、「ユング命」のつもりなのに、実際は他のさまざまな西洋の心理療法の力を借りています。
これは別に自分の信念でそうしてるわけじゃなくて、いろいろな知恵をお借りしないと分析が成り立たないんです!

ナラティヴセラピーって何?

メタスキル―心理療法の鍵を握るセラピストの姿勢

「タオ」な本。

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プロフィール

心理カウンセラー・夢分析家・写真家
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
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